山本五十六元帥の生家跡が山本記念公園として残されています。 場所は長岡市坂ノ上町3丁目です。公園といってもさほど大きくなく、山本五十六元帥の胸像と池と復元された生家があるだけです。本物の生家もここにあったのですが、昭和20年8月、太平洋戦争末期、米軍の大空襲で焼失しました。(この空襲で1600名もの市民がお亡くなりになりました。私の祖父母や母、叔父らは幸い逃げのびることができました。この夜、60キロも離れた新潟市から長岡の空が赤く見えたそうです。)
写真1 |
写真2 |
写真3 |
写真4 |
写真5 |
山本記念公園はJR長岡駅から歩いて十数分の距離にあります。私の母の実家からも近く、何度も遊んだことがあります。
公園の中心には山本五十六元帥の胸像があります。これはもともと霞ヶ浦の航空隊にあったものだそうです。
先程お話したようにこれは復元された山本五十六元帥の生家です。道路を挟んだお向かいの商店の方が色々と管理をして下さっています。ご覧のように小さな2階建ての家です。まだ子供だった頃の山本五十六元帥はここでどんなことを思いながら海軍を目指して努力していたのでしょうか。貧しくても努力と勤勉が大切であることを教えてくれます。まさに、米百俵の精神です。私ももっと勉強すればよかったと反省します。
復元された生家の中に入ることができます。鍵がかかっている時は、先程お話したお向かいのお店にお願いして下さい。
写真5は山本五十六元帥の勉強部屋です。焼失前の実物の生家のこの部屋には、世界地図が貼ってあったとのことです。あの小さな座卓で勉強し、当時東京大学より難関であった海軍兵学校を目指したのでしょう。
いかがでしょうか。長岡にお越しの際は是非訪れてみて下さい。